静岡地方裁判所浜松支部 昭和36年(ワ)165号 判決 1962年10月05日
主文
被告は原告に対し別紙土地目録記載宅地上に存する別紙建物目録記載の各家屋其の他の地上物件一切を収去して該土地を明渡せ。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、その請求の原因として、
一、原告は機料商で被告は織布業を営み十数年前から取引関係があつた。
被告は訴外鷲津紡織株式会社に対し昭和三十二年七月十九日現在金一千七十九万六千二百十八円の債務を負担し当時被告の所有であつた別紙目録記載の土地及建物と織機等を売渡担保として訴外会社名義に所有権を移転したが被告はその後も債務の弁済をしなかつたので訴外会社は静岡地方裁判所浜松支部に建物明渡の訴を提起し昭和三三年(ワ)第一二三号事件として繋属中調停に廻付せられ昭和三十四年四月十五日訴外会社と被告及び利害関係人たる原告との間で
(1) 訴外会社は別紙目録土地、建物、織機を被告に返還すること
(2) 被告は別紙目録中織機三十台を訴外会社の所有とした上金二百五万円を支払い、利害関係人たる原告は被告の連帯保証人となること
(3) 原告は右の外被告が静岡県に負担している中小企業振興資金弁済債務金七十八万円に付訴外会社代表者と肩替りして保証人となること
等を定めて調停が成立するに至つた。
二、右調停に基き原告は被告の依頼に基き被告のため次の通り立替支払をした。
(A)
<省略>
(B) 右の外原告は被告に対し売掛金、貸付金として次の債権を有していた。
<省略>
三、右債権を合計し原告は昭和三十四年五月十三日現在に於て被告に対し金四百二十二万一千六百七十五円の債権を有していたので同日之を準消費貸借に改め、後日尚多少の立替支払を予想して同日附金五百万円の貸付金として、被告及その妻、子供名義に存する被告所有の別紙目録土地、建物、織機(鷲津紡え売渡済の三十台を除く)に対し抵当権を設定した。
四、右債務に対して被告は次の通り弁済した。
(1) 昭和三十四年七月十日別紙目録織機のうちA型五六鈴木式織機三十台を金二百六十一万円で原告に売渡し代金相殺により内入弁済に充て
(2) 昭和三十五年二月十八日実測の上別紙目録土地六百十六坪三合一勺を坪金四千円合計金二百四十六万五千二百四十円、其他調査費金二千円合計金二百四十六万七千二百四十円で原告に売渡しその代金は被告の債務と対当額で相殺した。
右計算によると被告の弁済分は合計金五百七万七千二百四十円となつて相殺して尚金八十五万五千五百六十五円の過払となるので原告は同日金六十七万一千百五十円、翌日二十七万七千円合計金八十四万八千百五十円を支払つて一切の計算を了した。(但現在に於て計算すると金七千四百十五円の違算があるけれども当時は計算が合つていると考えていた)
五、よつて原告と被告は昭和三十五年二月十八日付売買を原因として静岡地方法務局新居出張所同年同月十九日受付第五四六号を以て原告名義に所有権移転登記手続を終了したのであるが、被告はその際地上建物は即時取払つて他に移築することを表明したが結局同年十二月三十一日迄に完全に取毀ち更地とすることを約したのである。
尚本件宅地は登記面上は別紙目録の通り十一筆合計四百四十七坪六合七勺であつたが実測面積は六百十六坪三合一勺あつたので実測面積によつて売買しその後昭和三十五年三月八日右買受土地中
一六九一の一
一六八九の一
一一八九の五
一六九一の二
一六九一の三
一六九二の一
一六九二の五
一六八九の四
を併合し
一六九一の一、宅地五百八十三坪三合一勺に合筆したものである。
然るに被告は約に違い今日まで地上建設物を収去して土地の明渡をしないので本訴に及ぶと述べ
被告の抗弁事実をすべて否認し
被告が織機買出に愛知県に赴いたのは昭和三十四年六月二十七日で原告が一時支出し同月三十日返還を受けたのは金三十二万二千円であつて本件金二十七万七千円とは別である。
原告は前述の通り昭和三十四年七月十日被告の織機三十台を二百六十一万円で買受けていたが之より先被告は稲葉織布に織機三十台を売渡すことを約し手附金を受領し乍ら其の織機が鷲津紡織株式会社に工場抵当法第三条の目録物件となつていて受渡不可能となつていたところ同社との問題が解決して原告の所有となつた後稲葉との交換を懇請して来たので原告は稲葉所有の遠州自動織機四十台と原告が被告から買入れた三十台及び訴外刑部作十から原告が買入れて所有していた十台に若干の追金を加えて交換し交換織機四十台を其の後共田織布工場の織機三十台と追金を以て交換したのであつて右は原告が被告から買受け所有権を取得した後の事実に属し被告に関係なきことである。
被告は織機登録権五十七台を所有してその販売を原告に託したと称してその価値を算定しているが右のうち三十台は鷲津紡織との調停成立によつて同社に譲渡され六台は訴外小畑啓織布工場に譲渡担保に供し残二十一台は原告が前記買入れた三十台のうち権利付にて譲渡を受けているもので被告の計算の対象となる登録権利は存在していないと述べた。
(立証省略)
被告訴訟代理人は原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする旨の判決を求め原告の請求原因として主張する事実に対する答弁として
第一項は訴外鷲津紡織株式会社に対し負担していた債務金額を除き認める。
第三項第五項中夫々原告主張通りの抵当権設定登記、所有権移転登記がせられている事実のみを認めその余の事実は否認する。
と述べその主張として
一、昭和三十四年五月十三日現在に於て被告が原告に負担していた債務は
二〇五〇、〇〇〇円 昭和三十四年四月三十日鷲津紡織立替金
三、〇〇〇円 近藤司法書士立替払
一〇八〇、〇〇〇円 原告に対する旧買掛金
計金三百十三万三千円
のみなるが抵当権設定に際り債務額を金五百万円としたのは原告が被告の静岡県に対する振興資金債務金七十八万円について保証をしていたので賠償債務の発生を予想したのと将来被告が織布業を再建する際融資または立替を受けることを予想して根抵当的に登記したものである。
請求原因第三項(A)立替金債権中(2)乃至(7)に記載する債権はいずれも抵当権設定後に生じたもの、(8)は現実に弁済したものでないから被告の債務にならない。
(B)原告の被告に対する債権中(1)売掛金百十八万円は前記の通り百八万円の誤で(2)貸付金二千五百円は既に返済々であり(3)の債務は昭和三十四年八月抵当権設定後負担したものである。
二、原告は被告が昭和三十四年七月十日A型56鈴木式織機三十台を金二百六十一万円で売渡し代金は相殺の方法で内入弁済したと主張するが右は原告が「工場抵当法第三条の登記をしても他の債権者が持出して仕舞うから売渡証を作成しておいた方がよい」と勧め予て用意した文書(甲第八号証)に署名捺印せしめたもので原被告間で売買を仮装したに過ぎないことは次の事実から明白である。
(1) 鈴木式織機一台の当時々価は十四万円乃至十四万三千円、綿スフ織機登録権一台六万五千円乃至七万円であつたから甲第八号証記載物件をその時価で計算すると
鈴木式織機三〇台 金四二〇〇、〇〇〇円
綿スフ登録権二一台分 金一三六五、〇〇〇円
合計金五五六五、〇〇〇円となり金二六一〇、〇〇〇円では代物弁済する筈がない。
(2) 原告主張の様に右金額を以て債務の内入弁済をしたとすれば当日現在右金額は当然債権額から控除しなければならないのに原告は昭和三十五年一月二十二日附郵便を以て昭和三十四年十二月十七日現在の債権請求書(乙第六号証、甲第六号証)を以てその債権全額が記載され金二百六十一万円が控除されていない。
三、若し原告主張の如く売買の形式による代物弁済であるとすれば右契約は後記五の土地売買と共に被告の窮迫、軽率、無経験に乗じなしたもので之によつて受ける利益が自己の給付に比し明かに権衡を失し過大であるから右契約は暴利行為として無効である。
四、被告は昭和三十四年九月中原告の助言に基きその所有にかゝる鈴木式織機三十台を愛知県西尾市の稲葉織布工場所有の遠州織機製四十台の織機と交換契約を結び鈴木式織機三十台の引渡をなしたが交換した四十台はそのまま一時同工場に預けておいた。
然るに伊勢湾台風で同工場が侵水するに至つたのでその織機の引取を原告に依頼したところ原告は之を引取つて同年十月頃から十二月迄に擅に訴外共田織布工場等に売却処分して仕舞つた。原告が処分して収得した金額は明でないが原告は織機売買を業とする者であるから相当価格を以て処分した筈で尠くとも被告が交換に出した鈴木式織機三十台の当時々価は金四百二十万円を有したので被告はその代物たる遠州織機四十台を処分されたことにより右同額の代物弁済をしたか尠くとも同額の損害賠償請求権を原告に対し生じたので後者とすれば被告は原告の有した債権と相殺する。従つてその相殺の効力は相殺適状に在つた昭和三十四年十二月末日に遡つて効力を生ずるものである。
右の外原告は昭和三十四年十月から昭和三十五年二月初迄の間に被告の権利に属する綿スフ織機登録権を原告に代つて処分しその対価を恣に領得した。
44の織機四十九台分の登録権と56の織機八台分の登録権は一台平均金六万五千円であるからその価格は合計金三百七十万五千円となり被告は右同額の損害賠償請求債権とを有するから原告の当時有していた債権と対当額に付相殺する。右相殺の効力は相殺適状に在つた昭和三十五年二月初に遡るものである。
従つて昭和三十四年十二月十七日現在に於ける原告の被告に対する債権は合計金四百二十二万一千六百七十五円なるところ之に対する被告の反対債権は前記遠州織機四十台の処分と五十七台分の登録権処分による損害賠償請求権債権を合計すると金六百三十一万五千円に上るので差引被告は原告に対し反対に金二百九万三千三百二十五円の債権を有することになるのである。
五、昭和三十五年二月十八日附本件土地の売買は原被告通謀してなした仮装のものである。同日現在前記の通り原告の手により被告所有の鈴木式織機の交換物たる遠州織機四十台、綿スフ織機登録権五十七台分を売却処分されていたのでその対価は原告に対する債務の弁済に充当されて尚金三百万円弱の過渡となつていた。
被告は織布業を再建するため原告より融資を受ける必要があつて或は鷲津紡織との調停による和解金の立替を受け静岡県より借入金残債務につき鷲津紡社長小林儀一郎から原告に保証人の肩替りを受けていたので今後の資金を仰ぐ為実額より遙かに多い元金五百万円として抵当権設定登記をなし、原告の助言に従い鷲津紡の賃織に必要であつた鈴木式織機を遠州織機と交換したのも遍に原告から今後も融資を受けることを望んだが故に外ならない。然るに原告は被告の織布業再開に必要な融資に応ぜず織機等を次々に処分するに至つて被告は織布業の経営を断念せざるを得なかつた。
既に織機と登録権の全部を喪つた被告は茲に於て尚手許に残留している多くの建物の一部をアパートに改造して将来の生計を樹てんとしその改造資金として昭和三十五年二月十八日原告から金六十七万一千百五十円の融資を受け工場建物の一部をアパートに改造したのであるがその際原告は他の債権者から土地家屋の処分を受けることを免れるため原告の抵当権を抹消すると共に土地を原告名義に売買登記をなし地上建物は全部収去する旨の証書を作成することを勧めたので被告は之を以て土地、家屋等の財産安全を保障する原告の好意と信じその申出に従つたものであつて当時に在つても坪金一万二千円で容易に処分し得た本件宅地を僅に金四千円で売却し然かも原告から金六十七万一千百五十円を借受けてアパートに改装し乍ら一年にも足りぬ同年末に態々その全建物を収去する様な契約をする筈なきは勿論本件地上に在る建物は十棟で建坪三百十三坪一合三勺に上り中古家屋として低額坪二万円と評価して尚金六百二十六万余円に上る建物を坪当り金四千円合計金二百四十六万五千二百四十円で売渡した土地のため全部取毀の約定をする如きは取引の通念上も常識上もあり得ないことで本件売買代金の受授がないことと共に本件が売買を仮装したことを示すものである。
被告が原告からアパート改造費の融資を受けたのは既述の織機及登録権の売却処分によつて原告の債務は完済されて尚余剰領得金ありと見たからであつて原告もかかるが故に領収証を徴したのみで融資したのであるが被告は改めて右融資金に付第四項末尾に記載した金二百九万三千三百二十五円の賠償請求債権の対当額に於て相殺することを茲に意思表示する。
原告はその主張の矛盾を匿すため織機と土地の各売買代金と被告の債務を相殺した結果金八十五万五千五百六十五円の過払となつたので昭和三十五年二月十八日金六十七万千百五十円を支払い翌日金二十七万七千円を支払つて一切の計算を了つたと主張するが偽りであることは金六十七万千百五十円が前記のアパート改造の為の融資であり、金二十七万七千円は昭和三十四年八月中原告のため被告が愛知県に織機登録権を買入に赴いた際その資金として支出を受けたもので取引不成功と共に数日後原告に返還したものであつて原告は右両者を強いて自己の主張に吻合させるため事実を歪曲して主張するものである。
と述べた。
別紙
土地目録
浜名郡湖西町鷲津一六九一番の一
一、宅地 五百八十三坪三合一勺
同所 一六九一の一
一、宅地 二一三坪九合一勺
同所 一六九一の二
一、宅地 二七坪
同所 一六九一の三
一、宅地 一四六坪
同所 一六九二の一
一、宅地 一三坪
元同所 一六九二の五 を合筆したもの
一、宅地 二一坪三合六勺
同所 一六八九の一
一、宅地 二五坪
同所 一六八九の四
一、宅地 一三坪
同所 一六八九の五
一、宅地 一〇坪
同所 一六九二番の六
一、宅地 六坪七合七勺
同所 一九四三番の六
一、宅地 十一坪
同所 一九四三番の四
一、宅地 三十三坪
建物目録
浜名郡湖西町鷲津一六八九番の一
〃 一六八九番の四
〃 一六八九番の五
〃 一六九一番の一
〃 一六九一番の二
家屋番号 鷲津一二三番の三
一、木造亜鉛メツキ鋼板葺平家建寄宿舎 一棟
建坪 六坪
一、木造スレート葺平家建工場 一棟
建坪 百三十坪五合
一、木造亜鉛メツキ鋼板葺平家建工場 一棟
建坪 四十三坪三勺
一、木造亜鉛メツキ鋼板葺平家建倉庫 一棟
建坪 二十坪五合
一、木造亜鉛メツキ鋼板葺平家建寄宿舎 一棟
建坪 九坪
一、木造瓦葺平家建作業場 一棟
建坪 十二坪五合
一、木造亜鉛メツキ鋼板葺平家建作業場 一棟
建坪 二十四坪九合一勺
一、木造亜鉛メツキ鋼板葺平家建玄関 一棟
建坪 二坪九合二勺
一、木造亜鉛メツキ鋼板葺平家建食堂 一棟
建坪 六坪一合五勺
浜名郡湖西町鷲津一六九一番の一
家屋番号鷲津一二三番の四
一、木造瓦葺二階建居宅 一棟
建坪 三十二坪三合一勺
二階坪 二十五坪三合一勺
機械目録
織機 日本機工 六台
〃 原田式 四台
〃 鈴木式H型 五〇台
荒捲機 角田製 一台
管捲機 石津式 四台
碼畳機 伊熊式 一台
検反機 一台
リーシング 向建工業 四台
プーヤ 明治機械 一台
モートル 七、五日立 一台
〃 七、五富士 一台
〃 七、五無名 一台
〃 三 日立 一台
〃 三 安川 一台
シヤフトプレート ベルト 一式
織機替ビーム 二〇本
荒捲替ビーム 二〇本
三ッ綾装置 六〇台
布巻棒 一〇本